X線分析の進歩, 30, 123-129 (1999)

 

OsO4グロー放電堆積膜のキャラクタリゼーション

 

早川優子,古曵重美,奥 正興*,新井正男**,吉川英樹**,福島 整**, 生地文也***

 

九州工業大学工学部物質工学科, 北九州市戸畑区仙水町1-1

* 東北大学金属材料研究所, 仙台市青葉区片平2-1-1

** 科学技術庁無機材質研究所, 茨城県つくば市並木1-1

*** 九州共立大学工学部電気工学科, 北九州市八幡西区自由が丘1-8

 

Characterization of thin films deposited by glow discharge of OsO4

 

Yuko HAYAKAWA, Shigemi KOHIKI, Masaoki OKU*, Masao ARAI**,

Hideki YOSHIKAWA**, Sei FUKUSHIMA**, and Fumiya SHOJI***

 

Department of Materials Science, Kyusyu Institute of Technology, Kita-kyusyu 804-8550, Japan

* Institute for Materials Research, Tohoku University, Sendai 980-77, Japan

** National Institute for Research in Inorganic Materials, Tsukuba, Ibaraki 305-0044, Japan

*** Department of Electrical Engineering, Kyushu Kyoritsu University, Kita-kyusyu 807, Japan

 

OsOのグロー放電堆積膜はアモルファスであるが、そのOs4d5/2結合エネルギーは289.8 eVでありOsOの報告値と一致した。アモルファスOsO膜の抵抗値は

5 x 10-3 Ωcm 以下で、わずかに温度依存し、その温度係数は負であった。アモルファスOsO膜の価電子帯X線光電子スペクトルは第一原理バンド計算より求めたOsO結晶の理論スペクトルとフェルミ面近傍で良い一致を示した。しかし、理論スペクトルではO2pは4 eVと8 eVに極大値を持つ2つのピークに分裂するが、観測されたスペクトルは3eVから8eVに渡りほぼ一定の強度を示した。観測スペクトルと理論スペクトルの差は、アモルファスOsO膜の抵抗率が長距離秩序の欠如に関係することを示している。

 

Thin film deposited by dc glow discharge of OsO4 vapor was amorphous OsO2. Resistivity of the amorphous OsO2 film was less than 5 x 10-3Ωcm, and it slightly depends on temperature with negative coefficient. An agreement at the Fermi level and discrepancies at 3 - 8 eV in the O p band between the experimental valence band x-ray photoelectron spectrum and the theoretical band spectrum based on first principles calculation on the electronic band structure of crystalline OsO2 suggest that low resistivity and energy gap for carrier excitation correlate to the lack of long-range-ordering in the amorphous OsO2 system.

 

[キーワード] Os酸化物膜、アモルファス、OsO、価電子帯X線光電子スペクトル、第一原理バンド計算

 

[Keywords] Amorphous, OsO2, Valence band spectrum, First principles calculation, Long-range-ordering

 

 

1. はじめに

 白金族元素の酸化物であるRuOは強誘電体薄膜メモリの分野で広く用いられている耐疲労特性の良い電極である。OsはRuと同じく白金族元素であり、OsOはRuOに酷似した抵抗率温度依存性を有する。1) OsOガスのDCグロー放電により得られる非晶質酸化物膜は高い伝導性を示すが、2,3) その電子構造や伝導機構については未だ明らかにされていない。

 非晶質伝導膜の電子構造と伝導機構の解明は科学的に興味深いだけでなく、機能デバイスの構成に重要となる機能膜材料と電極材料との格子不整合の問題を回避できる電極開発の第一歩として、工業的にも重要である。本研究では非周期系の電子物性研究の一環として、OsOガスのDCグロー放電による堆積膜のキャラクタリゼーションを行った。

 

2. 実験

 OsOガスを1 x 10-3 Torrに排気した堆積チャンバー内に導入し、圧力を5 x 10-2 Torrに保持して電圧1.2 kV、電流 2mAの条件でDCグロー放電を行った。室温でMgO単結晶基板上に、300 nm/minの堆積速度で膜厚1000 nmの試料を作成した。

 抵抗率温度依存性は、電極を金蒸着法により作成し、四端子法により測定した。

 X線光電子分光測定は、単色化 Al KαX線を励起源とし、SSX-100半球型電子分光器を用いて行った。Au4f7/2(83.79 eV)ピークの半値幅は1.03 eVで、分光器の圧力は5 x 10-10 Torr以下であった。試料はアセトンとメタノールによる超音波洗浄を繰り返し、その後分光器の予備排気室に導入した。

 

3. 結果と考察

OsOガスDCグロー放電堆積膜の抵抗率温度依存性をFig. 1に示した。100 ―300 Kの抵抗率はほぼ一定で温度依存性は小さく、その値は5 x 10-3Ωcm以下であり、酸化物電極として充分使用できるほどの伝導率が得られている。抵抗率の温度係数が負であることから、通電による発熱があったとしても抵抗率が減少することになり、電極材料としては好ましい結果となる。負の抵抗率温度係数は種々の非晶質材料で観測されており、4) 非晶質化によって生じた散乱の影響と考えられる。

薄膜のX線回折においては基板であるMgO以外のピークは検出されず、薄膜が非晶質であることを示した。3) また、膜表面数原子層程度までの原子配列の周期性を調べるため、中性化確率の小さいLiイオンを用いた直衝突イオン散乱分光を行った。様々な入射角における散乱イオン強度曲線にシャドーイング効果の影響は見出されていない。5) これらX線回折と直衝突イオン散乱分光の結果は、電子輸送特性と符合しており、OsOのグロー放電膜は非周期系の物性を示すこととなる。

オージェ電子分光法を用いて測定したこの薄膜の元素分布をFig. 2に示した。表面汚染層のC KL23L23強度はアルゴンイオンスパッタリングにより減少し、OとOsのオージェピーク強度比は膜全体に渡りほぼ一定の値を示している。薄膜中でOとOsが均一に分布していることがオージェ電子分光法により明らかになったので、アルゴンイオンスパッタリングを併用したX線光電子分光法により深さ方向に対する化学状態の変化を調べた。その結果をFig. 3に示した。0.5 keVのアルゴンイオンによるスパッタリングで(a)から(b)のように変化した。ここでは付着炭素は除去されるが、Os4d5/2の結合エネルギーは279.0 eVのままで変化せず、OsOの報告値279.8 eV 6) と一致した。1 keVのアルゴンイオンによるスパッタリングでOs4d5/2のピーク位置は279.0 eVとなったが、本実験における金属Osの実測値278.1 eVより大きい値を示した。これらの結果はアルゴンイオンスパッタリングにより、0.5 keVでは薄膜試料のOsは還元されず、 1 keVでは金属とOsOの中間状態になることを示している。基板のMgOからのMgKLLオージェピークが観測されるまでイオンスパッタリングされた(d)でもOs4d5/2のピーク位置は(c)と変わらず、薄膜堆積の初期からOsO膜が生成していることを示している。

一般に電子輸送特性はフェルミ面近傍、kT程度の領域の状態密度と関係する。ここに、kはボルツマン定数、Tは系の絶対温度である。フェルミ面近傍の状態密度に関する情報を得るため、価電子帯のXPSスペクトル測定を行い、Fig. 4の下段に示す結果を得た。

非晶質OsO2の価電子帯スペクトルは単結晶OsO2のそれと同様、今までに何等の報告もなされていない。一般に、非晶質においても単結晶と同様、その電子構造の主な特徴は第一近接までの結晶場により説明できる。今回の報告が初めてとなる非晶質OsO2の価電子帯スペクトルを解析するため、局所密度近似 7) 下のLinear-Muffin-Tin-Orbital(LMTO)

8) を用いてOsO2結晶の第一原理バンド構造計算を行い電子状態密度を求めた。実験のスペクトルと比較するためこれに半値幅1 eVのガウス関数を乗畳し、更に各軌道の光イオン化断面積を乗じてOsO2結晶の理論価電子帯スペクトルを求め、比較考察の対象とした。

OsO2の空間群はP42/mnmで、a軸とc軸の格子定数はそれぞれ0.4503 nmと0.3184 nmである。2つのOs原子は格子座標[0,0,0]と[1/2,1/2,1/2]に位置し、4つのO原子は内部座標u=0.305で [u,u,0]、[(1/2)+u,(1/2)-u,1/2]、[1-u,1-u,0]、[(1/2)-u,(1/2)+u,1/2]に位置す

る。9)  Fig.4 の中段と上段にOsO2結晶の理論スペクトルと全状態密度をそれぞれ示した。正のエネルギー領域が電子の占有状態、負のエネルギー領域が非占有状態であり、中段の図における負のエネルギー領域の理論スペクトル強度は実際には零となる。状態密度のフェルミ面から2 eVが主にOs5dが寄与する部分で、3から9eVはO2pが主に寄与する部分である。この状態密度は、既に報告されている自己無撞着ではない計算結果10) と定性的には一致しているが、本計算の方がO pバンドとOs dバンドの分離が1から2eV程度小さい。

 結合エネルギー1eV付近でのアモルファスOsO2の実験スペクトルとOsO2結晶の理論スペクトルは良い一致を示している。3 eV から 9 eVの理論スペクトルでは5 eV付近と7 eVに二つの小さなピークが見られるのに対し、実験スペクトルでは一つの大きなピークとなっており、ピークの分離が認められない。この違いは、結晶(理論)とアモルファス(実験)の差異にあると考えられる。

  フェルミエネルギー近傍での実験スペクトルと理論スペクトルの一致から、これらはいずれも金属的な抵抗率温度依存性を示すと推察できる。これまでに報告されている単結晶OsO2の抵抗率は、80 Kと300 Kでそれぞれ3 x 10-6Ωcmと6 x 10 -5Ωcmであり、抵抗率の温度係数は正である。1) アモルファスOsO2の抵抗率は単結晶OsO2の報告値と比較すると2〜3桁大きく、またその温度依存性は金属的な単結晶OsO2のそれとは全く違った挙動を示す。アモルファスOsO2の抵抗率はほとんど温度依存性を示さないが、値は小さくとも負の温度係数を示す。これは、抵抗率の増大と同時に観測される正から負への温度係数変化など、11,12) 非周期系に特有の電子輸送特性と符合する。アモルファスOsO2の電子輸送特性はランダムポテンシャル場による小さな易動度ギャップを反映していると考えられる。

 

4.おわりに

OsOガスの直流グロー放電を用いてMgO表面に堆積させた薄膜に対し、電気抵抗率の温度依存性、オージェ電子分光法、X線光電子分光法の測定と、価電子帯X線光電子スペクトルとLMTO法を用いて求めたOsO2結晶の理論価電子帯スペクトルの比較を行った。実験結果は堆積膜が非晶質OsO薄膜であることを示した。価電子帯スペクトルの実験と理論の差は、後者は結晶

OsOに対するものであが、前者は非晶質酸化物膜であるためと考えられる。

 以上のように、白金族の非晶質酸化膜の電極材料を開発する一連の研究の中で、非晶質オスニュウム酸化膜のキャラクタリゼーションを行った。その結果この膜が電極材料として有望な材料であることが分かった。

 

Acknowledgments

The authors thank O.K.Andersen and O.Jepsen for providing us the TB-LMTO-46 program, and Y.Shibata of Unitika Research Laboratories for support in this work. A part of this work was performed at the Laboratory for Developmental Research of Advanced Materials, the Institute for Materials Research, Tohoku University.

 

 

1 D.B.Rogers, R.D.Shannon, A.W.Sleight, J.L.Gillson, Inorg. Chem. 8, 841 (1969).

2 A.Tanaka, J. Electron Microsc. 43, 177 (1994).

3 Y.Hayakawa, K.Fukuzaki, S.Kohiki, Y.Shibata, T.Matsuo, K.Wagatsuma, M.Oku,

(unpublished).

4 Y.Hayakawa, S.Kohiki, F.Shoji, (unpublished).

5 D.D.Sarma, C.N.R.Rao, J. Electron Spectrosc. 20, 25 (1980).

6 J.J.Yeh, I.Lindau, Atomic and Nuclear Data Tables 32, 1 (1958).

7 For a review, R.O.Jones, O.Gunnarsson, Rev. Mod. Phys. 61, 689 (1989).

8 O.K.Andersen, Phys. Rev. B 12, 3060 (1975).

9 G.Thiele, P.Woditsch, J. Less-Common Met. 17, 459 (1969).

10 L.F.Mattheiss, Phys. Rev. B 13, 2433 (1976).

11 U.Mizutani, phys. stat. sol. (b) 176, 9 (1993).

12 J.Hafner, J. Non-crystall. Solids 69, 325 (1985).

 

 

Figure 1 Temperature dependence of resistivity of the film deposited by glow

     discharge of OsO4.

Figure 2 Auger depth profile of the amorphous film deposited by glow discharge of

     OsO4.

Figure 3 Os 4d spectra of the amorphous Os-O film with various Ar+ ion

     bombardment;

    1. as-deposited, (b) bombarded at 0.5 keV, 1 mA for 5 min, (c) bombarded

at 1 keV, 1mA for 5 min, and (d) bombarded at 1 keV, 1mA for 25 min.

Figure 4 Valence band spectrum of the amorphous OsO2 film (lower panel) ,

theoretical band spectrum for crystalline OsO2 (middle panel) , and

theoretical total density of states (DOS) for crystalline OsO2 with

first principles calculation (upper panel).