集合体、それは生物の基本原理 集合体化学研究室は、生物のように複雑で高度な機能をもつ新しい材料を、無機結晶を柔らかく集めるという方法でつくり出そうとしています。 生物を化学の立場から眺めてみると、それは究極の機能材料のひとつです。動物は、エネルギーを食料の形で取り込み、さまざまな活動を行います。植物は、肥料と太陽エネルギーをもとに生長します。これほど高度で複雑な機能を発現する人工材料は存在しません。 材料としての生物の特徴は「集合体」であることです。何種類もの物質が組み合わさって、生物を形づくっています。生物を構成する個々の物質には、ありふれた化合物もたくさんあります。でも、それを生物という形に集めると、人工材料ではとても実現できない機能が出てきます。 集合体化学は、このような問題意識のもとに生まれ、発展してきた学問分野です。従来の化学が、分子をつくって事足れりとしていたいのに対し、集合体化学は、分子を集め、組み合わせ、大きな構造を作っていく化学です。 生物みたいな、柔らかい無機材料 集合体としての生物の特徴は、柔らかさです。構成要素が弱い相互作用で結びつくことで、ゆらぎを許容する緩やかな構造を形成します。柔らかさは曖昧さと言い換えることができ、曖昧さは複雑な制の御に通じます。 これまでの無機材料開発では、より精緻な構造をもたせることがより先端的な材料を作ることである、と考えられてきました。強い相互作用で構成要素の位置関係を厳密に固定し、ゆらぎを許容しない硬い構造をもたせる、という考え方です。無機材料の化学は結晶の化学であり、結晶をいかにあやつるかとなると、このような方法に行き着くのは当たり前です。しかし、生物のような複雑な機能をもつ材料を、この方法論で実現できるとは、どうも思えません。 ならば、無機材料を柔らかくつくることはできるのでしょうか。その答えは「つくれる」です。それが私たちの研究です。 無機粒子のコロイドをあやつる 無機物を柔らかくつくるのは、実はそれほど難しいことではありません。無機物をコロイドにしてしまえばよいのです。どうです、「コロンブスの卵」でしょう? では、コロイド中の粒子はどういう状態で存在しているのでしょうか。実はこれが問題です。コロイドを作っている個々の粒子の構造は、従来からいろいろ調べられてきました。でも、粒子がお互いにどういう位置関係で溶媒の中にいてどう動くかは、まだまだわかっていません。とりわけ、球形でない形、たとえば棒や板の形をした粒子のコロイドの構造やコロイド中の粒子の動きは、ほとんど調べられていません。 集合体化学研究室では、この球形でない形をした無機粒子のコロイド、とくに極薄の無機粒子のコロイドを研究しています。これまで有機物の 専売特許だと思われてきた「柔らかい 物質」に無機粒子を用いることで、材料開発に新しい潮流をつくり出したいと思っています。 これまでの研究で、粒子が球形でないことによって、ふつうのコロイドとは違ういろいろな性質を示すことを明らかにしてきました。その中では、たくさんの世界で初めての発見がありました。その一つが、無機物のコロイドが液晶をつくるという現象です。 無機物がつくる液晶 液晶は、結晶と液体の中間の状態にあって、構造と流動性とをあわせもつ物質です。流動する構造体とも言えます。液晶の構造は、球形でない形状をもつ粒子が一定の秩序で配列すれば、成立します。構成粒子が有機物である必要はありません。したがって、棒や板の形をもつ無機粒子を流動可能な状態で秩序立てて集積させれば、液晶になります。 集合体化学研究室では、厚さ1 nm、幅数マイクロメートルという極薄の無機粒子のコロイドがつくる液晶を研究しています。教科書には載っていない、まったく新しい、未来の液晶です。 では、こういう液晶は何に使えるのでしょうか。無機物は有機物とくらべて耐光性が高いので、有機液晶が分解される条件でも作動する光制御材料(液晶ディスプレイもその一種です)へと展開できるかもしれません。また、無機粒子の物性に着目すると、「動かせる」という液晶の性質を利用して、光・電子物性をON-OFFできる材料にも使えるかもしれません。でも、実のところ誰もわかりません。なにせ、まったく新しい材料ですから。いまの液晶ディスプレイも、材料が発見されてから実用化されるまで90年かかっています。無機物の液晶にはどのような未来が待っているでしょうか。一緒に切り開いて行きたいという学生さんを待っています。 界面がつくる集合構造 Under construction |